~よしだいちがみ~
吉田市神
吉田市神
建立日(西暦) |
建立者 |
縦・横・奥(cm) |
不明 |
不明 |
70x50x45 |
「河北町の石碑・石造物」,河北町教育委員会,平成11年3月より
県道299号線、河北町立北谷地小学校より約500mほど南、道路の東側、民家を囲む石塀の一角を占有するような形で「吉田の市神」があります。
吉田の市の成立時期ははっきりしていません。
村山市白鳥から谷地に入部した白鳥氏が、新たに谷地内館地区に城を築くに当たり、谷地北口に市を設け、この北口の市を江戸時代谷地の北側を治めた新庄藩が正式な市(町方)と定めたことから衰退してしまった市と考えられていれています。
衰退したといっても、今も残る堂々たる市神から、その繁盛ぶりがしのばれます。